SSBB便り
2026.02.23
韮山反射炉
反射炉は金属融解炉の一種で、18世紀から19世紀にかけて鉄の精錬に使われました。熱を発生させる燃焼室と精錬を行う炉床が別室になっているのが特徴で、燃焼室で発生した熱を天井や壁で反射させて側方の炉床に熱を集中させる仕組みになっています。
下図(Wikipediaからの転載)参照


当時、日本には外国船が開国を迫っており、外国からの侵略に対する武力を整えるための大砲を作るために反射炉を必要として、日本各地で造られました。その中で静岡県伊豆の国市にある韮山反射炉は現存する唯一の反射炉として、保存されています。
これが韮山反射炉ですが、元々は下の写真のような鉄製の補強枠はなく、1957(昭和32)年に崩れ防止のための補強枠が取り付けられました。

この反射炉を造った江川英龍(ひでたつ)は江戸時代後期の幕臣で伊豆国韮山(にらやま)代官です。通称の太郎左衛門又は坦庵(たんなん)の名でも知られている静岡県の名士ですが、彼についてはこのブログの2025.12「江川英龍」で取り上げているので、まだご覧いただいていない方はそちらもご覧ください。
www.yusuku.co.jp/blog/2025/12/
他の反射炉として・・・
➀佐賀県の築地(ついじ)反射炉
佐賀藩が1850年に日本初の実用反射炉を完成。日本で初めて鉄製大砲を作り、50門を幕府に納入し、そのうち42門が品川台場に配備されました。すると、近代化を行っていた各藩に刺激を与え、反射炉を築造しようとしていた水戸藩・長州藩・韮山から技術者が派遣されました。現在、反射炉の跡地には縮小復元模型が設置されています。
②茨城県ひたちなか市の那珂湊反射炉
水戸藩が造った反射炉で、1855年に第一炉が完成しています。ここで作られた大砲は約20門に及び、各地の台場に据え付けられました。しかし、十分に稼働出来ないまま、天狗党の乱で破壊されてしまい、現在は実物大の模型が設置されています。
③山口県萩市の萩反射炉
長州藩が造った反射炉で、1856年に築造されましたが試験炉のようでで、操業の記録がないことから実用炉は築造されなかったとの説が有力視されています。しかし、煙突部の遺構が現存しており、世界遺産の構成資産となっています。
次に各地の反射炉の現在の様子をご覧ください。

佐賀県の築地反射炉(縮小模型)

築地反射炉の当時の様子

茨城県水戸市の那珂湊反射炉(実物大模型)

山口県萩市の萩反射炉
韮山反射炉は国指定史跡になっており、平成7年「明治日本の産業革命遺産」として背寒遺産に登録されました。そして、2016年には反射炉脇に韮山反射炉ガイダンスセンターが開設され、一般見学者は「入館料+反射炉入場料」500円(大人)となっています。韮山反射炉のよくわかる解説動画がYouTubeにあります。
では、機会を見つけて韮山反射炉に是非どうぞ。
By【S.H】

